大判例

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最高裁判所大法廷 昭和43年(オ)753号 判決

上告人

小松英次郎

上告人

日本硝子鋼管株式会社

右両名代理人

露峰光夫

被上告人

田中繁蔵

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人露峰光夫の上告理由について。

受取人欄が白地の約束手形を所持する者が、その満期から三年以内に、右白地部分を補充しないまま、その振出人に対し右手形金請求の訴を提起した場合において、同人がその後右白地部分を補充したときは、たとえその補充の時が満期の日から三年を経過した後であつたとしても、右手形上の権利の時効は右訴の提起の時に中断されたものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁判所昭和三八年(オ)第一三〇一号同四一年一一月二日大法廷判決、民集二〇巻九号一六七四頁参照)、この理は白地部分が振出日である約束手形についても異なるところはない。けだし、右判決において説示したとおり、満期の記載のある白地手形の所持人に対する権利は、満期の日から三年をもつて時効により消滅するものであり、しかる以上、未完成手形のままの状態で、法律の規定に従い、時効の進行を中断するための措置をとり得るものと解するのが相当だからである。そして、振出日白地の約束手形における白地補充権は、これを行使することによつて、手形上の権利を完成させるにすぎないものであるから、その補充権が別個独立に時効によつて消滅するものというべきではなく、手形の権利が消滅しないかぎりこれを行使しうるものと解すべきである。したがつて、右手形の所持人がその満期から三年以内に振出人に対して手形金請求の訴を提起した場合または、三年を経過した後に訴を提起しても時効の援用がない場合においては、所持人は、その事実審の口頭弁論の終結時に至るまで、右補充権を行使しうるものと解するのが相当である。

本件においてこれをみるに、原審の確定するところによれば、被上告人は、いずれも満期が昭和三三年五月二五日、振出日が白地の本件約束手形三通の所持人として、昭和三六年五月一〇日その振出人である上告人らに対し、右手形金請求の訴を提起し、昭和三八年四月一八日の口頭弁論期日に右振出日を昭和三三年四月二五日と補充したというのであるから、本件手形金債権の消滅時効は、右訴提起の時に中断されたものということができ、これと同旨の見解にたつて、被上告人の本訴請求を認容した原審の判断は相当である。したがつて、原判決に所論の違法なく、所論は、ひつきよう、右と異なる独自の見解に立つて原判決を論難するに帰し、採用することができない。

よつて、刑訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官松田二郎、同岩田誠、同大隅健一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。

白地手形によつて手形金請求の訴を提起しても、この訴提起が時効中断の効力を生じ得ないことは、私が先に当裁判所昭和三八年(オ)第一三〇一号同四一年一一月二日大法廷判決につき、反対意見として述べたところである(民集二〇巻九号一六七八頁以下)。そして、私は本件については、次に述べることを付加するほか、右反対意見として述べたところを引用する。

本件は振出日が白地の約束手形に関するものであるが、多数意見はかかる手形につき手形上の権利の時効は、その訴提起の時に中断されるものと主張する。私の疑問とするところは、このような見解に立つとき、満期の記載のない手形について、多数意見は同様に時効中断の効力を肯定されるか否かである。更に、多数意見は手形金額の記載のない白地手形についても、同様に時効中断の効力を肯定されるか否かである。私の憶測をもつてすれば、多数意見といえども、おそらく、これらの場合、かかる手形による訴提起に時効中断の効力を認めないであろうと思われる。一体、多数意見は手形法一条の手形要件のうちに、必要的の要件と然らざるものとの別を認めようとするのであろうか。その中の何れが必要的の要件であり、何れが然らざるものとするのであろうか。そして、根本的問題として、多数意見は白地手形と完成した手形とにつき、どの点にその効力の差を認めようとするものであろうか。

もとより、判決は個々的具体的事案についてされるものであり、そこに述べられる法律論も当該事件に関するものである。しかし、本件のごとき問題についての解決は、手形法一条所定の手形要件をいかに解するか、白地手形と完成した手形との効力の差をいずれの点に求めるかの根本問題と無関係には論じ得ないのである。換言すれば、本件のごとき白地手形に関する問題は、その具体的事件の背後に存在すべき統一的理論との関係において論ぜらるべきである。しかるに、私は多数意見がいかなる統一的理論に立つて、本件につき時効中断の効力を肯定されたかを解し得ない。多数意見はすべからくこの点を明らかにすべきであつたと思われるのである。

裁判官岩田誠は、裁判官松田二郎の反対意見に同調する。

裁判官大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、振出日白地の約束手形の所持人が、その白地を補充しないままで手形金請求の訴を提起した場合にも、手形上の権利につき時効中断の効力を生ずるとする多数意見(多数意見は昭和四一年一一月二日の大法廷判決を引用しているので、同判決における多数意見をも含めて。)には、賛成することができない。その理由は、松田裁判官の反対意見において述べられているところと基本的には異ならないが、若干補足すべきものがあるので、その点を中心として、私の意見を述べる。

(一) 白地手形はいわゆる未完成手形であつて、手形要件を具備しない手形であるから、厳格な意味においては、手形ではなく手形としての効力を有しない。したがつて、かような白地手形を呈示してその支払を求めても、手形債務者を遅滞に付したり、遡求権を保全したりする効力を有しないのが当然であつて、このことは多数意見といえども否定しないところであろう。白地手形による手形金の請求に右のごとき効力が認められないのは、白地を補充しないかぎり、手形上の権利は発生せず、存在しないからにほかならない。

もつとも、白地手形の所持人は、白地補充権とともに白地の補充によつて完全な手形上の権利者となりうる法律上の地位を有しており、白地手形は右の両者を合わせた法律上の地位を化体しているのであつて、そのゆえに経済的にはむしろ完成手形と同一の価値を有し、経済取引の対象となるのである(白地補充権はその行使によつて生ずる手形上の権利と不可分的な関係にあり、少なくとも満期の記載のある白地手形については、手形上の権利と別に補充権の時効を問題とする余地はない。)。白地手形の所持人の有するこのような法律上の地位は、経済的実質的にみれば、白地の補充によつて発生する手形上の権利の前身ともいうべきものであつて、その意見で、比喩的にこれを潜在的な手形上の権利または一種の条件付手形上の権利とよぶことは、理解できないことではない。しかし、手形がいわゆる厳格な要式証券であり、手形行為が厳格な要式行為である以上、法の要求する手形要件が完備してはじめて手形上の権利は発生するものといわざるをえないのであつて、法律的な意味において、上述の法律上の地位と手形上の権利とを同視することは許されない。そして、手形上の権利が発生せず存在しない以上、手形上の権利についての時効の進行とか、その中断の問題を生ずる余地のないことはいうまでもない。

(二) 多数意見の根柢には、満期後に白地が補充された場合にも、これによつて生ずる手形上の権利は満期から三年の時効にかかるのであるから、白地補充前にすでに手形上の権利が存在し、その時効が進行しているものと解するのが相当であり、したがつてこれにつき時効中断の途がないとするのは不合理である、とする考えがつよく働いているのではないかと思う。

しかしながら、白地手形は欠缺せる手形要件が補充された時に完全な手形となり、白地手形上になされた振出・引受等の手形行為もこの時からその効力を生じ、その行為者はこの時から手形上の責任を負うが、発生した手形関係の内容は、手形の文言証券たる性質上、手形に記載された文言によつて定まる結果、その手形上の権利の消滅時効期間も手形記載の満期から起算されるだけのことであつて、白地補充前に遡つて手形上の権利が存在したこととなるものではない。多数意見によつても、白地手形の所持人が最終の口頭弁論終結の時までに白地を補充しなければ、原告たる白地手形の所持人は敗訴せざるをえないが、その理由は原告が手形上の権利を有しないからなのであつて、このことは白地補充前には手形上の権利が存在しないことを示すものにほかならない。白地手形の所持人は白地補充前にも潜在的な手形上の権利ないし一種の条件付手形上の権利(白地手形における白地の補充は所持人の意思により何時でもなしうるのであるから、白地手形上の権利を一種の条件付権利とみることにより、これに民法一二九条を類推適用することは無理である。)を有するといつても、それは、既述のように、白地補充により完全な手形上の権利者となりうる法律上の地位を比喩的に表現するものにすぎないのであつて、これと完成した手形における手形上の権利とは異なるものといわざるをえない。

(三) 本件は振出日白地の確定日払手形に関しているが、確定日払手形にあつては振出日の記載は実益に乏しく、実際上も、振出日白地の手形が多数流通し、しかも、その白地を補充しないままで手形交換所を通じて決済されていることは、周知のところである。あるいは、このことが多数意見の一つの支えとなつているのかも知れない。しかし、確定日払手形における振出日の記載を手形要件(必要的記載事項)でないとする立場(本件第一審判決がこの見解である。)をとるならばとにかく(かかる見解のとりえないことについては、当裁判所昭和三九年(オ)第九六〇号同四一年一〇月一三日第一小法廷判決、民集二〇巻八号一六三二頁参照。)、そうでないかぎり、このような白地手形についても他の白地手形と別異に取り扱うべき理由は存しない。白地手形自体が取引の慣行として発生し、現にその流通の保護も主として慣習法によるものと認められるが、しかし白地手形に関する問題がすべて慣行の名のもとに是認されうるものではない。白地手形が未完成手形である以上、その本質に基づいて越ゆべからざる限界があるものといわなければならないからである。

(四) 多数意見の引用する昭和四一年一一月二日の大法廷判決における多数意見は、白地手形の円滑な流通を確保するためにも、白地を補充しないままでする時効の中断を認めるのが妥当であるとしているが、これは時効の中断が問題とされる手形はすべて呈示期間を経過した手形であることを忘れた議論である。呈示期間経過後の手形については、完成手形であつても、手形法自体がその裏書に指名債権譲渡の効力しか認めず(手形法二〇条一項、七七条一項一号)、とくにその流通の保護をはかつていないのであるから、右の多数意見の見解は的はずれというほかない。

(五) 多数意見によれば、白地手形の所持人が満期から三年の期間内に裁判外で手形金支払の催告をなす場合には、その時から六か月内に裁判上の請求その他民法一五三条所定の措置をとるならば、その時にはすでに満期から三年の期間を経過しており、かつ、白地が補充されていなくても、なお手形金の請求をなしうることとなるであろう。しかし、これは、手形上の権利の行使には白地の補充を要するという白地手形の根本原則を、あまりにも無視するものではなかろうか。また、多数意見は、満期の記載のない白地手形により訴が提起された場合にも、やはりその理論に従つて時効中断の効力を認めるのであろうか。これを認めないとすれば、あまりにも便宜的な解釈であるとのそしりを免れないし、これを認めるとするならば、その場合の法律関係をどのようにとらえようとするのであるか、疑いなきをえないと思う。

(六) 以上述べた卑見に対しては、あまりに厳格かつ形式的な解釈であつて、手形所持人の保護に欠け、取引の実情にそわないとする批判があるであろう。私の臆測によれば、多数意見の意図するところは、帰するところ、満期から三年内に白地を補充しなかつた白地手形の所持人が直ちに手形上の権利を失うとするのを酷として、その救済をはかろうとするにあるものと考えられる。しかしながら、法は権利の行使を怠る者は保護しないのがたてまえであるのに(たとえば、支払呈示期間内に支払の呈示をしなければ、当然に遡求権は失われる。)、白地手形についてのみ、時効期間満了までにかなり長い期間が存するにもかかわらず、その期間内に白地の補充を怠りまたは失念した者をとくに保護すべき理由は見出しえないのである。この場合にも、白地手形の所持人の救済をはかろうとする多数意見のような便宜的な解釈が許されるならば、むしろ一歩を進めて、手形法の定める手形要件(手形法一条、七五条)のうちでも、受取人の記載や確定日払手形における振出日の記載のごときは、手形の必要的記載事項でないと解するところまで行くべきであろう。また、もし本件におけるように白地手形の所持人が、白地を補充しなくとも、手形金請求の訴を提起した場合には、権利の行使を怠つたものでないというのであれば、さらに進んでその請求自体をも認容すべきこととなるであろう。しかし、これらはいずれも多数意見といえども認めないところではなかろうか。

以上の理由により、私は多数意見には賛成することができないのである。(石田和外 入江俊郎 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隈健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)(草鹿浅之介 松田二郎は、退官のため署名押印することができない)

上告代理人の上告理由

一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りならびに理由不備の違法がある。

すなわち、上告人は、本件各手形はいずれも振出日白地の白地手形であり、被上告人は昭和三八年四月一八日に至つて、右白地を補充したものであるが、被上告人の本件各手形の白地補充権は、その満期日である昭和三三年五月二六日から三年を経過することにより、時効消滅しているものであるから、右白地補充は無効である旨、消滅時効の援用を主張した。

これに対して原判決は、「満期の記載ある白地手形については所持人は手形上の権利の消滅時効が完成しない限り、いつでも手形要件を補充して振出人に対し、手形金の支払を請求することができると解するのが相当であるから右主張を採用することは出来ない。」として大審院昭和五年三月四日の判例を引用し、右主張を排せきしている。しかし、上告人は、原審においては、手形債権の時効消滅の主張とともに、これとは別個に白地補充権の時効消滅を問題として、振出日の白地補充権は満期の日から三年で時効消滅すると主張しているにもかゝわらず、右引用判例は、「主たる債務者に対し、手形上の権利を行使するためにはその者に対する手形債権の消滅時効期間内に補充すべきである」と判示しているにとゞまり、白地補充権そのものゝ時効については何らの判示をしていないのであるから、上告人の主張を排せきする理由とはなりえない。

右引用の判例は、手形債権の消滅時効完成前(白地手形による訴提起が時効中断の効力があるか否かは問題外として)に補充権を行使しなければならないとして補充時期についてのべているにとゞまり補充権の時効とは直接には関係のないものである。

原判決は、理由中で、手形債権の時効消滅の主張と、白地補充権の時効消滅の主張とを正確に区別して把握しているにもかゝわらず、後者について判断することなく、右にのべた如く不適当な判例を引用して上告人の主張をしりぞけているのであつて、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背ならびに理由不備の違法があると云わなければならない。

二、白地手形の補充権の時効期間については、種々説が分れていて、民法第一六七条二項により二〇年とする説、同条第一項により一〇年とする説、商法第五二二条の準用により五年とする説があることは公知の事実であるが、上告人は、白地補充権は、手形債権と同様に三年の消滅時効によつて消滅するものであると主張しているものである。

すなわち白地手形上の権利の内容は、具体的には満期の日から三年の時効にかゝるものであるから、白地補充権も満期から三年の消滅時効にかかるものというべきである。

たゞ多くの場合満期白地の場合を問題にし、所持人は何時でも満期を補充して手形上の権利を行使しうる地位にあるから振出の日から三年の時効期間が進行するとしているが、満期白地の補充権について消滅時効を認める以上、それ以外の手形要件の白地についても統一的に解すべきであり、満期が白地の場合にだけその独自の消滅時効を認める理由はない。

三、白地手形は、いわゆる未完成手形であり潜在的な手形債権を表象しているが、補充権の行使によつて初めて手形債権として確定的なものになるのである。したがつて補充権の行使は、手形債権の行使、請求とは関係なく、すなわち手形債権の請求の有無に関りなく、手形債権を顕在的なものとして確定させ、法律関係を安定させるものであるから、この権利を行使することなく権利の上に眠つている白地手形の所持人は、時効制度の一般的原則にもとづき、時効期間の経過によつてその権利を失うものと云わなければならない。

しかも補充権の行使は、手形への記載という簡単な事実行為をもつて足り、手形債権の行使の様な専門的手続を要しないのだから手形債権の確定、法律関係の安定のために白地手形の債務者も白地補充につき、法律上の利害関係を有しており、かゝる権利行使を怠る所持人に対しては特に白地補充権そのものゝ時効消滅を認める実益が極めて大であるといわなければならない。

四、右にのべたとおり、白地補充権は満期の日から三年の時効にかゝるべきものであるから、本件各手形は満期の昭和三三年五月二六日から三年を経過するとゝもに補充権が時効消滅したものであつて、その後である昭和三八年四月一八日になした振出日の補充は無効である。

よつて本件各手形は振出日の記載のない手形要件欠缺のものであるから被上告人の請求は理由がないものと云わなければならないのに原判決はこの点についての判断を欠き、かつ法令の適用を誤つているものであり、これは判決に影響を及ぼすことがきわめて明らかである。

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